電奏楽団 天門ぶろぐ

アニメやゲームの曲を作っている天門の個人ブログです
-別アーカイブ  [ 2010-05- ] 

「敵」について

先日、知人とふと物語などの「敵」についての
話になりました。

そういえば、ジブリの作品も、
徹頭徹尾「敵」や「悪」などを貫いている
キャラクターって少ないな、と。
わかりやすい所ではラピュタのムスカと
もののけ姫のじこ坊くらいですかね。
ナウシカのクシャナ姫や、もののけの烏帽子様とかになると
ちょっと背景が見えてくる気がする。

もちろんムスカやじこ坊にもそれなりの
背景があるわけでしょうけど。


だいぶ前ですが、ある人が「雲の向こう」を
ブログでさんざんこきおろしてるのを見たんですが、
その中に「敵が出てこない」とあり、しかも

「敵が出てこないのは若者の馴れ合い主義の現れだろうか」

と。 いやいやいや。
およそ世間に出回っている小説、映画、ドラマ、漫画、の
中に、敵が出てこない作品はどれくらいあるんでしょうか。

それらが「馴れ合い主義」のなせる業なのでしょうか(笑)
たぶん、その人はそういう意味じゃない、と言うだろうけど、
気に入らないその作品だけを批判したい為に
大義名分のふろしきを大きくしてしまうから
いろんな物も引っかかってくる、という(笑)

それはどうでもいいけど、
物語の構造としてわかりやすくなるから「敵」という
要素は便利なんでしょうけどね。

昔、小学生~中学生の頃、特撮の宇宙刑事シリーズの
どれかを見ていた時に、
当然、わかりやすい敵の組織が出てくるわけですが、
その組織内でナンバー2の座を巡って敵同士が
競ってる描写があったんですね。

それはすごく新鮮だったんですよ。
「敵は敵なりにいろいろあるんだなぁ」って、
ちょっと新しい感情が芽生えた事を思い出します。

そういう事もあって、純粋な勧善懲悪に収まらない作品の
方が好みではありますね。
だから群像劇のようなものが好きなのかもしれない。



[ 2010/05/17 17:30 ] つれづれ日記 | TB(-) | CM(8)