電奏楽団 天門ぶろぐ

アニメやゲームの曲を作っている天門の個人ブログです

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回顧録(14)  誤解

さて、プロフィールにも書いたように、
学校を卒業して日本ファルコムに入社する事になったわけですが、
数年前に見たネット上の書き込みについて気になる所があったので
ちょっと書かせていただきます。

書き込みは、私も名前を聞いた事があるゲーム音楽畑の或る人が、
「ファルコムの音楽として応募したものの、白川(私)に落とされた」
というものでした。

その情報が、本人が口にしたものなのか、
その人のファンによるものなのか、まったくわかりませんが、
これは出鱈目と言わざるを得ませんでした。

おそらく単なる憶測でそうなったんだと思います。

まず、第一に私の居た頃、社員の数は50人~60人くらい。
そして音楽チームだけ”ビッグボス”直々の管轄でした。
また個別の役職がほとんど無い状態。
人事部というのもありません(今はどうかわかりませんが)

そんな中、音楽の応募があると、一応、私もデモテープを聴いて
軽く意見を求められる程度。
しかし、この社員の規模、そしてほぼワンマンである
”ビッグボス”直々の部署であるがゆえ、
最終判断は当然ながらボスが下すわけで、
間違っても途中の段階で他の人が採用不採用を決定する事は
あり得ないわけです。

あと、一風変わったロマネスクのあった”ビッグボス”は
例えば音楽業界に染まった人間はあまり採用していませんでした。
新しい人材、才能を発掘するフロンティア精神のような
ものがあったのだと思います。


だから不採用になったのは誰々のせいだ、と
言われても困ってしまうし、そもそも音楽的な技量に問題が
あったのだとしたら、それ以前の話。


この手の憶測で判断して中傷するのはネットでは
日常茶飯事だろうし、現役の人間なら黙っているところですが、
私もやめてからだいぶ経つので、ちょっと書いてみました。


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[ 2010/04/28 08:58 ] 回顧録 | TB(-) | CM(3)

回顧録(13)  オタクの群像(6)

そんなこんなで学生時代が終わりました。

師匠については前回記した通りで、
「部長」や松江名さんとはその後も交流を続けて行きました。

詳しいいきさつはわからないのですが、
部長は漫画家を養成する専門学校へ。
松江名さんはアルバイトを経て漫画家のアシスタントへ。

部長はたしか2作品ほど、漫画の出版社に原稿を直接持ち込みしました。
しかしあまり良い感触は得られなかったようです。

いろいろと稚拙な部分を指摘され、
プライドの高い部長は、自分の世界がわかってもらえない事、
またその世界に手を加えられてしまう事を
しきりにぼやき、嘆いていました。

負け惜しみにも聞えましたが、自分の作った世界に
過剰に愛情を注ぐ部長の本音だったかも知れません。

結局、紙の上に表現するための基本的な
絵の技術が追いつかず、頭の中で世界を構築する事のみに
熱中して満足してしまうために
その後、自然と漫画家の道をあきらめて行ったようです。


一方、漫画家のアシスタントに就いた松江名さんは
まさにプロの現場で直接、その空気を吸収。

「趣味」であったものが「仕事」になるので、自分が
満足しようが満足しまいが、やりたい事であろうが、
やりたくない事であろうが
おかまいなしにこなさないといけない、という
厳しい状況に身を投じる事になりました。


この二人の対照的な姿は、この世界に居る者として、
今でも思い起こされますね。

私もまもなくゲーム会社での生活が始まって
音楽が「仕事」になり、楽しかった「趣味」という気持ちが
叩きのめされる事になります。



つづく




[ 2010/02/23 10:06 ] 回顧録 | TB(-) | CM(2)

回顧録(12) 架空のサントラ 

その求人広告はタイミング的にバッチリでした。

具体的な文面はぜんぜん覚えていませんが、
「コンポーザー(作曲)、サウンドスタッフ募集。
テープに自作曲を収録し、その曲の譜面と一緒に送付のこと」

憧れの会社でしたから、もう居ても立ってもいられずに
行動を開始しました。

そして今まで作った曲の中から、
一応、格好が付いている曲を選出。

全部で20曲ほどをテープのA面とB面に収録しました。

そのとき、「架空のサントラ」をイメージ。
一番最初の曲はオープニングっぽい曲、
一番最後の曲はエンディングっぽい曲、

という感じで、時折、ボス戦闘時のような曲も
織り交ぜて、ゲームのサントラ風に仕立てました。

そして、その中の一曲の譜面も作成。
譜面についてほとんど知識の無い状態なので、
とりあえず安い「譜面の書き方」的な本を
買って来て、見よう見まねで作りました。

たぶん、間違いだらけのいい加減な
代物だったと思われます(笑)

兎にも角にも、ダメで元々、という気持ちが
ほとんどでしたが、憧れのゲーム会社に資料を送付。


その頃、以前書いた私の師匠とは、接するタイミングや
趣味のズレから、段々と疎遠になっていきました。

奇しくも師匠の方の、それまでのオタク寄りの趣味が
ガラリと変化。

その、わずかな3~4年の間に師匠と親しくなって
なければ、また、師匠がゲームを作る趣味でなければ、
私もその後の道が開けていなかったので、
ちょっと不思議でしたね。

まるで、お互いに役目を終えたように、
接点が無くなりました。



そしてある日、会社から内定通知が到着。

これはとても嬉しかったですね。

「架空のサントラ」で20曲も送って来た、という所で、
印象に残り、お目にかなったようです。


この後より12年間、
会社のサウンドとして働く事になりました。




つづく

[ 2010/02/09 10:46 ] 回顧録 | TB(-) | CM(0)

回顧録(11)  オタクの群像(5)

そういえばもうひとつ、私達のたむろする
場所として図書室がありました。

そんな頻繁には出入りしてませんでしたが
漫画とか一切無い図書室にたむろしていたのは
そこに一冊のノートがあったからなんです。

それは、私達よりもかなり先輩の人たちが
思い思いにイラストなどを描いた
「雑記帳」と呼ばれたノートでした。

「宇宙戦艦ヤマト」のイラストなどがあって、
先輩の先輩、そのまた先輩、など、
当たり前と言えば当たり前でしょうけど
それぞれの年代ごとにオタク文化の人たちがいたんですね。


私達はもう三年生になっていて、卒業が近くなってきており、
そんな「雑記帳」を自分達でもやろう、という事で、
たまに図書室に集まってはだらだら過ごしながら
自由にノートに書き込んでいたんです。


するとある時、「雑記帳」に私達以外の書き込みがありました。

学年とクラスは不明ながら女の子による書き込みで
私達は色めき立ちました(笑)

そのうち、その女の子がリレー小説を提案して来たりして
お互いの顔も知らない交流がしばらく続いたと思います。


そんなある時、どういう経緯か忘れたんですけど・・・
いや、どちらかが雑記帳に「一度話しませんか」って
書いたんだっけかな・・・?

その図書室で、書き込みの女の子と話す機会が設けられました。
あまり私達と接点の無い学科の後輩で、
細身でなかなか可愛らしい子だった記憶があります。

いつも豪快にオタクネタのユーモアを飛ばす
部長もさすがにちょっと大人しかった(笑)

そして小一時間ほど談笑。


その後もノートを通した交流は行われ、
私達は卒業して学校を出て行きました。

女の子も2~3年で卒業した事と思います。


あのノート、今も残ってるかなぁ・・・。
願わくば、古い雑記帳と共に残っていてくれると
うれしいんですけどね。
さらに、その後の後輩達が脈々と雑記帳を
受け継いでいってくれてると面白いんですが・・・・。

今はネット社会で、こういったアナログな文化は
段々すたれて行きそうですけど、良い想い出です。



さて、卒業目前の時期、当然進路の事も
考えないといけない時期でしたが、私はまったくノープラン(笑)

さてどうするか・・・?

勉強が嫌いで、家も裕福でないために、
あまり進学の事は考えてなかった覚えがありますね。


どうしようか、と思案するある日、当時よく読んでいたゲーム雑誌に
ひとつ求人広告を見つけたのです。

それはあこがれのゲーム会社の求人でした。


その時、電流走る(笑)


つづく


[ 2010/01/08 17:54 ] 回顧録 | TB(-) | CM(6)

回顧録(10)  オタクの群像(4)

記憶があいまいなので前回の同人誌問題と
時期が前後するかも知れません。

学校の文化祭では定番と言える
部活動ごとの出し物がありますが、
部長のあだ名の由来である「物理部」でも
出し物をやっていました。

私は「測量部」という、珍しい部だったんですけど
何もやらなかった気がする(笑)
何かやったかなぁ?ぜんぜん思い出せない(笑)

部の人間ではないから、詳細はわかりませんが、
この時、その物理部員だった松江名さんが
8ミリフィルムでちょっとした人形アニメを
作っていた記憶があります。
その人形も、当時人気のあったジャンプ漫画の
「聖闘士星矢」。

人形自体は、たしか部長のコレクションを
使ったのだと思います。
人形を少しづつ動かしてコマ撮りする、という
地味に大変な作業。

「音楽で私が参加した」
なんて書ければカッコいいですが、
当時の私はそこまで作曲能力がなく(笑)
またあまりその事を公言していなかったので
そいうのを作っているのがちょっとうらやましいな、
という羨望の気持ちがありましたね。

そういえば、文化祭当日、何もやらなかった
測量部(笑)の部室に、なぜか楽器が置かれていまして。
出し物の中に、これまた定番の
学生バンド演奏もあったので、誰かがひとまず
置かせてもらってたのでしょう。
測量部はそんなポジション(笑)

その楽器の中に、シンセサイザーがあったんですね。
ちゃんとしたシンセじゃなかったかも知れませんが、
いろんなツマミやらなにやら、中学生の頃から
シンセザイザーにSF的な魅力を感じていた自分は
思わず立ち止まって見入ってしまいました。
恐れ多くて触ってみたかったけど触れなかった(笑)


そんな文化祭当日も日が暮れて終わりを迎え、
部長グループが音楽を聴きながら(当然アニソン(笑))
なんとなく部室にたむろしていました。

誰もすぐに帰ろうとせず、その場を離れがたい雰囲気。

そして、おセンチなバラード調の曲がかかった時に
部長がそれとなく一緒に口ずさんだんですね。

瞬間、この時間が終わるのを惜しむような、
とても不思議な感覚になりました。

あの連帯感はなんとも言えない想い出です。




つづく



[ 2009/11/15 11:34 ] 回顧録 | TB(-) | CM(6)
プロフィール

天門2009

Author:天門2009
1971年東京都生まれ。
本名:白川篤史
1990年PCゲーム会社
日本ファルコムに
サウンドとして入社。
12年を経て退社後、
minoriに籍を置きながら
新海誠監督の映像などの
アニメの音楽に従事。

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